okedasu1 だ例えばファゴット2コントラファゴット

okedasu1 だ例えばファゴット2コントラファゴット。>。ムダな音、ついて

① のカテで、吹奏楽ファゴットやコントラバスいらないのでないか いう質問度か見たこ 特、上記2楽器テューバほんど同 じ譜面づらの標準編成小編成兼用ポップス編ついて言われる気ます

、吹奏楽部ホルンいらないのでないか 質問たこ なぜなら、初心者難い楽器吹きやすい楽器適ており、抵抗の強いダブルホルン、鳴らやすいアルトホルンやバリトンホルンのほう良い思った

か多かった御回答、

吹奏楽いらない楽器ない なぜなら作曲家編曲家必要た結果だ

だった記憶て

② ある指揮者こう言ったこ

ショスターコービッチの交響曲対比すごいね 同じ楽章の中、大オーケストラ全員の強奏ば、管楽器1本だけのドソロある ピッコロやホルンのドソロ、龍笛や法螺貝の独奏のようなシンプル極めた美感じます

する指揮者こう答え

ね、ホントね、ムダな音書かない人だよ 全員のき全員必要で、いらない音て1つない ドソロ当然、いらない音削りまくった結果だ だ例えばファゴット2、コントラファゴットのドソリトリオで完結ているような箇所で、クラリネット1本そっ伴奏入って来るようなき、伴奏ホント大事な音だよね

ら ① ② 矛盾するよう感じます

① 、

?合奏曲中ムダな音てあるわけない なぜなら、必要な音、いらない音、作曲家編曲家決めるこだ

聞こえるの対、② 、

?作曲家いえ人間であり完璧でない、当然、ムダな音、足りない音、出てまう か優れた作曲家なら、ムダ徹底的排た音楽構築できる

聞こえる

質問

管弦楽曲および、編曲物含む全ての吹奏楽用合奏曲のなか、ムダな音か ベルリンフィル木管五重奏。まず。演奏者の方々が楽器を手に舞台に立たれたとき。金管楽器のホルンが木管
5重奏に入っていることを興味深く思いました。コントラ?ファゴットは。5
つの管楽器の中で一番音域が低く。力強さを感じさせる楽器です。ベルリン?
フィル木管五重奏団の演奏は。まるでオーケストラのような迫力があり。驚き
ました。また。クラリネットの音色はとても親しみのある音だと思いました。
いつもいい曲だなとは思うのですが。いつの間にかなんとなく聴いていました

ファゴットってどう。全国の小学生からジジババまで見ている水槽板の貴重な良スレ。と言えよう。
ファゴットにまつわる人生模様や悩みや絞り込んだ感じのもあるし溶けて
いくようなもあるし。 。名無し行進曲。
Fgのオケのソロ曲集みたいな本ってすると。日本の楽器やさんを通すと~
年待ちで近くなるのでしょうか…てくる時には昔買ったソノーラの
ボーカルが大活躍しますし。悲愴の冒頭の部分なんかは。ヤマハのスーパーファゴットのしくみ:いろいろな役割を果たすボーカル。ファゴットの音が生まれる場所は。オーボエと同じで。ダブルリードの部分。枚
のリードが高速で開いたり閉じたりして音波がほとんどの奏者は。ボーカルを
複数本持っているものです。ボーカルは。リードが入る側の内径約ミリから
楽器側の内径約ミリまで。だんだん広がっていく円すい管ですが。その
ファゴットは高い音を吹くのが難しいので。高音の出るボーカルの人気が高い
ようです。楽器をつ買うと。形は同じで長さの違う本のボーカルが付いてき
ます。

だ例えばファゴット2コントラファゴットのドソリトリオで完結ているような箇所でクラリネット1本そっ伴奏入って来るようなき伴奏ホント大事な音だよねの画像をすべて見る。1。彼らは重要な声部を演奏する役割なので。色々なマウスピースを吹き替えるのは
望ましくないのです。ピッコロ。アルトフルート。イングリッシュホルン。小
クラリネット。バスクラリネット。コントラファゴットのパートは各グループの
第二。コントラファゴット。コントラファゴットは大編成の管弦楽?吹奏楽で限定的に使用されるあまり
お目にかかれない大きな木管楽器です。ファゴットより1オクターヴ低い設計で
。専用の大きなダブルリードを吹いて演奏します。コントラバスに相当する音域
でパイプオルガンの低音のように深くて豊かな響きを持ち。オーケストラ全体を
大きく支えます。コントラバスを補強とはいえ依然絶対数が少ない特殊楽器の
代表格であり。所有していると賛助依頼?楽器のレンタル依頼も多いです。 ※
レンタルは

okedasu1。ところが次第に演奏集団そのものを指すようになり。現在では弦楽器。木管楽器
。金管楽器。打楽器から成る団体を指すようになった。チューバ。打楽器。
独奏楽器。弦楽器第ヴァイオリン-第ヴァイオリン-ヴィオラ-チェロ-
コントラバスとなっている。単独で使用する他。オーボエやクラリネット。
ファゴット。ホルンなどと重ねて用いることにより色彩をつけることができる。
オーケストラで最も大きな音を出す楽器で。そのは耳につんざくような音を
出す。

> 管弦楽曲および、編曲物含む全ての吹奏楽用合奏曲のなかに、ムダな音はありますか?耳が痛いなぁ T_T私が書いた譜面、今思えばムダな音たくさんです。ブルックナーやフォレーの気持ち、少しだけわかります T_Tまぁね、教育的な意味でダブつかせたこともあったし、プレイヤーの具合を見て間引くことを念頭に厚く書いたこともありましたけど、今から思えば、ね。言い訳を許していただければ、回答は、編曲目的?機会次第です ^_^;しかし、ウィスキーじゃないけど、「なにも足せない、何も引けない」楽器配置って、あるんです。亡くなった兼田先生の作品で、そう感じることが多かったです。あなたの質問はいつも面白いです。興味深く「ふむふむなるほどそうきたか」と思いながら、回答させて頂いております。記憶が定かではありませんが吹奏楽にいらない楽器はない。なぜなら作曲家編曲家が必要とした結果だから↑恐らく私ならこういった回答を書くと思います。それが吹奏楽でポピュラー系だったかは覚えておりませんが、いずれにしても私はそういう風に考えるでしょう。芸術家が世に作品を問う以上、それは常に批判に晒されるべきであると考えます。作品は作家の自己満足のためにあるのではなく、何より本人がそれを望まないでしょうし、世間の、鑑賞者側の意見が全てである気がします。完全に同意出来ます。まさにその通り。それが正しい姿です。その上で敢えて付け加えるのなら、「演奏家が作曲家を批判する」とか「楽団が作曲家を選択する」これもかなり重要な側面だと思うんです。つまり「気に入らないなら最初から演奏するな」「文句があるならお前が書け」と思うわけです。人が書いたものに乗っかっといて、自分は書けないクセにケチを付ける。だったら最初から自分で書きゃ良いんですよ。与えられた譜面に納得していないのに、でもそれ聞かせるお客さんがいるんですよね?「ホントはそこの低音あんまいらねーんだけど、著作権とかあるからいじれませんゴメンなさーい」を聞かせるの?と思います。実に不誠実な態度だ。吹奏楽の場合、教育音楽の要素も多分に含まれますので難しい部分も多々あるのは事実ですが。そういった現実的な余計な要素を排除して、あくまで純粋に芸術について論じるなら「譜面を隅々まで確認した上で、納得がいくもののみ演奏する」というのが理想ではあると思います。実現可能性はまた別議論です。作曲家は偉くもなんともありません。数々の作曲家が書いた数々の作品を→演奏家、楽団が取捨選択をして鑑賞者へ届ける。→そこで初めて鑑賞者の意見が様々出る。そうやって二段階で良作駄作の評価に晒されて、芸術は発展していくものだと思っています。プレイヤーは妄信的に作曲家を崇拝してはいけません。良くない作品は「演奏しない、聞かせない」というのが正しい態度です。鑑賞者の耳に届けない。誰にも演奏してもらえなければ、そもそも作品が届けられない。美術と比べると、ある意味では凄くシビアな世界かと思います。ただ、やるならきちんとやりましょう、という話です。やってるクセに文句は付けるな、それは不誠実だ。作品に納得できないなら、それを演奏するな。自分が納得できないものをお客さんに聞かせるな。繰り返しますが、現実的な事情を全て無視した純粋な芸術の議論です。実際の教育現場も資本主義もそんな綺麗事で回るはずがないのは重々承知していますが、それとは論点が異なります。吹奏楽のポップス楽譜についてですが、この楽器もあるからとりあえずパート譜がいる、音域の同じ楽器と同じこと吹かせとけばいいか、という感じのものは多いと感じます。エレキベースやチューバ、バリサクと延々ユニゾンでベースラインをやらされるバスクラやファゴット、サックス群と全く同じラインを吹いているアルトクラ。クラリネット集団に埋もれているオーボエ。等々???団体によっては無いことも多い楽器であり、無くても演奏できる編曲にしなくては売れない、これは仕方がない事でしょうが、無駄な音というより無くてもよい音、 影響がない音なのでしょう。響きが変わるとか、奥行きが広がるとか言う方もいますが、本当にそうかな?と思います。Jpopの編曲にそれを求めてるでしょうか?もちろん、これらの楽器が効果的に使われている曲はたくさんあるでしょう。ファゴットでなくてはならない音、コントラバスだからこそ出せる音。ホルンだからこそ効果的な音。色々な楽器を重ねることで生まれる響き等。ただ、アルトクラについては疑問ですが???質問に対する回答、編曲によっては、無駄な音はないが、無くてもよい音音色はある。管弦楽については吹奏楽ほどの事はないとおもいますが、あまり詳しくないので解りません。指揮者スタニスワフ?スクロヴァチェフスキは,「スコアに書かれている以上、すべての音が聴衆に聴こえるべきだ」との信念に基づいて各楽器の音のバランスを指示するそうですが,そうして奏でられた音楽は,熱烈な支持者がいる一方,ちょっと違うんじゃないかなという意見も多いと思います.私は後者です,やはり各楽器が楽譜に指示されている強弱記号通りの音量を出して演奏する方が,作曲者の意図した音楽になると思います.>吹奏楽にいらない楽器はない。なぜなら作曲家編曲家が必要とした結果だからこれについては、いささか異論があります。コンクール課題曲に関しては、「こういう編成で演奏する曲」という条件がつけられ、作曲者は「不本意」ながらも、条件に合わせた曲を作曲せざるをえない。また、ポップス曲についても、不要ではないかと思いながら、演奏する団体にオーボエやファゴットを所有している団体が多く、さらにはユーフォニアムに違和感を感じながらも、吹奏楽の編成は必ず入っていることから、「仕方なく」それらを編成に入れて編曲する。多少ならずとも、吹奏楽曲の作曲者や編曲者は、本当は使いたくない楽器を、編成が固定化されている状況に、やむなく編成に入れて曲を作っているのではないかと察します。山本直純に叱られたのは、たった一発のシンバルでも、「何のためにその音があるのか、考えよ!。 その音のために、前が有り、後ろがあるのだ!。しっかり叩け!。」と言われたことがあります。まあね、聴く側の感性の問題だと思いますよ。すんなりとお聴きになっては如何ですか?吹奏楽用合奏曲自体が、無駄である、という考え方もあります。こういった話をする際は、必ず「ムダな音」とは何かを明確に決める必要があります。この質問の場合、二つの大きく意味の違う「ムダな音」があります。①作曲者以外から見たムダな音これはどんな曲にもあります。なぜなら、誰かがその曲を聞いたり弾いたりしたときに「ムダだ」と感じた時、その音はその人にとってムダだからです。ただし、それが万人に共通するとは限りません。編曲がなされる最、編曲家にとって不必要な音から順次外されることはよくあります。②作曲者にとってムダな音こちらは、曲についての全権を持っている作曲者がムダな音だと感じる音です。これがあるかどうかは、作曲者に尋ねてみれば分かります。作曲者が既に死去している場合、メモや日記などに「あの音は要らなかった」などと書かれている場合を除けば、それを確認する方法はありません。正直いってそれは聞く人にもよってくるとおもいますが、私は1番の方の、作曲家編曲家が書いた通りに演奏するのが一番無駄ではないと思いますが…。でもそれは個人の見方や基準によってかわってくるため、その指揮者の方はその基準が高かったのでしょう。極端にいうとそこら辺の人がフライパンを箸でたたいていてリズムをとっていたとすると、突然ベートーヴェンがでてきてそんなのは全く美しくない??っていうようなかんじですかね…質問への回答ではなく1についてですが、同じ譜面づらなら無くても良いのでは?というのはそもそも間違いでしょその理論でいくのなら、吹奏楽と言う編成ではなく管楽アンサンブルにして音数を極限まで減らすべきだと思うので他の音に埋もれて目立ち難い音と言うのはありますが、鳴らしている以上聴こえない音って無いと思います奏者目線で無駄な音は結構あると思う。私はファゴットを吹いているがオーケストラでも聞こえないだろって部分はある。素人考えですがまあ、それ以上に必要な部分があるんだけど。ただ、4楽章の盛り上がっている部分で休符だったら寂しいかも。あなたの問いには非常なあいまいさがある。管弦楽曲および、編曲物含む全ての吹奏楽用合奏曲のなかに、ムダな音はありますか?「ムダな」…誰がどのようにムダと判定するかの基準が抜けている。だから、たとえば、こう問いなおすしかない。管弦楽曲および、編曲物含む全ての吹奏楽用合奏曲のなかに、「その作曲者/編曲者自身が」ムダな音「があると判定したもの」はありますか?この答えは、「無い」本人が必要と思ったからそのように書いたのである。それでは、管弦楽曲および、編曲物含む全ての吹奏楽用合奏曲のなかに、「誰かが」ムダな音「があると判定したもの」はありますか?こう問いなおすと、その「誰かが」そもそも誰で、さらにどのような基準でムダと判定しているのかの論拠が提示されていない場合には、この意見は全く意味が無い。ってことです。単純な思考はやめて、音楽を楽しんだほうがよい。いっぱいある?o?補足補足に共感?ヽ^○^ノなくても困らない音、楽器はあるかもしれないけど、あった方がいい、あった方がより良いってことはあると思います。ファゴットやコントラバスなんかそうじゃないのかな。楽曲によっては絶対に必要な場合だってあります。12色の絵の具だけより、24色絵の具がある方が色彩感が豊かになるのと同じで、12パートしかないより、30パートある方が音色などに変化をつけやすいですもの。私は①も②も矛盾しないし、どちらも正解だと思います。質問者さんは、吹奏楽部にホルンはいらないと思っているんですね。理由は、①初心者は難しい楽器より吹きやすい楽器が適している。②抵抗の強いダブルホルンより、鳴らしやすいアルトホルンやバリトンホルンのほうが良いから。なるほど。ただ、他の条件は考慮しなかったのだろうか???しかし、これが質問者さんのホルンの認識の全てなら、出た結論は納得します。もっとホルンの知識があるならば、別の結論になってた可能性がありますね。ファゴットやコントラバスの知識はどうなんでしょうね。バーンスタインは、ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」の第1楽章のコーダについて、「トランペットがすべての音を掻き消す。しかし、それがベートーヴェンだ。」と言っておりました。つまり、ベートーヴェンの音楽に無駄な楽器、音など1つも無いということです。たとえ聞こえなくても。私には、↓で「吹奏楽用合奏曲自体が無駄である」などとほざくやつこそが無駄でしょう!吹奏楽にファゴットやコントラバスはいらないのでは、という意見はそもそもは奏者の悲哀から出てると思います。吹奏楽の爆音の中でファゴットやコントラバスがいくら頑張っても焼け石に水だろと半ばあきらめの境地なわけです。しかしトランペット吹きも、ほとんど全員のユニゾンだったり他のパートと同じフレーズだったりの時はトランペットいらないのでは?と思ってます。これは休みがなくて疲れるからというやはり悲哀がこもってる意見です。でもそれはどちらも奏者の勝手わがまま言ってるだけであって、作曲者の意図とは関係ありません。作曲者の書いた音は全て必要な音です。しかし、私はかねてから疑問に思ってるのですが、今時の吹奏楽は5?60人で演奏することが非常に多く、トランペットが6人、クラリネットが10人以上いて一つのパートを複数人で吹いてるのがザラです。時には1000人で演奏することもあるらしいですが、1000人もいると一つのパートを一体何人で吹くんでしょうね。けれども、吹奏楽曲には当初30人ぐらいの編成を想定して書かれた曲が多数あるわけですよ。昔は30人でやるのが普通だったのに時代が経つごとに40人、50人、1000人とどんどん人数が増えてきました。同じ曲なのに。あれって作曲者の意図に反して無駄な音を出してると言えないでしょうか?有名指揮者が独断で作曲者の書いた音を割愛した例が出てますが、吹奏楽指揮者は独断で作曲者の書いてない音を加えてる気がします。これはムダな音な気がするのですが。特にクラリネットが大人数で演奏する音があまり心地よく感じなくて、あれが吹奏楽の品を下げてしまってる気がするんですよねクラリネットの人ゴメンんー把握しづらい文章ですね。無駄な音の前に無駄な文字を無くすのが望ましい。ただ勿体ぶった言い回しの努力の跡はあります。ある音を複数の楽器がユニゾンで演奏しているとき「無駄な音」はあるかという質問だが、それは作曲者が必要と思ったから書いたのであり、それを無駄とみなすか否かは演奏や鑑賞の段階での話となる。これをきっちり分けるべきであり、聞いて、あるいは演奏してて無駄と感じることと作者が要る、要らないと判断することは別物と考えるべきだと思う。結果としてヘンテコなサウンドになったとしてもそれはその時点での作者の感性であり判断であったわけだからそれについて奏者、鑑賞者がとやかく言う筋合いのものではない。尤もこれだけ音楽の進化が進み奏者も鑑賞者もタフになった現代において「ヘンテコ」が本当に存在するのかというそもそも論も浮かんでは来るが。あとは演奏解釈において「無駄だ」と思った音を極小に抑えるか場合によってはカットしてしまうかは奏者自身の判断で行えばいいと思うし、鑑賞者は「無駄を省いた演奏」を捜して聞けばいいだけの話である。ハチャトゥリャンのピアノ協奏曲の2楽章ではフレクサトーンという特殊楽器がオーケストラとのユニゾンで使われている。「ぴろろろろ~ん」という癖のある音を出す楽器で好みがはっきり分かれる音と言える。いいと思える者は懐かしいノスタルジックなサウンドとして、嫌いな者はあざとい効果音として賛否両論であろう。プレヴィンは断固としてこの楽器を排した。「フレクサトーン?そんなもん、編成にあったっけ?ああ、忘れてたね」とジョーク交じりに言っていたがよほどこの音が嫌だったのだろう。また、これは最初に聞いたときからの疑問だったのだが、古典的名盤の誉れ高いオーマンディの「ローマの祭」の「主顕祭」RCAスコア番号29の13~16小節目で打たれる大太鼓がどうしても聞こえないのである。画像はマゼールの演奏で21分03秒あたりこれは指揮者が不要と判断してカットしたとしか思えない。それとも極小まで音量を下げて聞こえないようにしているか。私個人としてはこの「ドン、ドン、ドンドン、ドン」は祭りの雰囲気を盛り上げるアナーキーでカオス的な音表現として必要だと思うのだが演奏者が不要と思ったのだから仕方ない。トスカニーニを先に聞いていたから余計気になった。